靖国神社に行ってきました。

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靖国神社

本日、8月15日は終戦記念日ということで靖国神社へ参拝に行ってきました。

終戦記念日に参拝をするようになってもう8年目になるのですが、今年は例年に比べて色々と異常なほどでした。

今年は例年に比べて

人の数

今まで参拝した中でも今年が一番多いんじゃないかというほどの人の数で、さすがに並んで参拝することができず、少し離れたところからお辞儀だけして帰ってきました。

今までであれば、長くてもだいたい200mほどだったのですが、今年はその3倍近くの長さがあったように思えました。

天候的にも例年に比べて幾分涼しいように思えたのも関係しているのかもしれまんせんが、やはり何と言っても政治的なところが大きく影響しているのではないでしょうか。

車の数

毎年、靖国神社には車で行っており、できるだけ近いパーキングに駐車するのですが、当然、どこのパーキングも満車です。

ですので、毎年、靖国神社周辺をしばらくグルグルと回ってから空きができたところへ停めているのですが、今年は靖国神社周辺の道で多くの路上駐車?路上停車?が見受けられました。

毎年あっち系の方の車は停車しているのですが、今年は靖国神社からちょっと離れた道までビッシリと停まっており、ちょっとした交通渋滞になってました。

参拝のきっかけ

人に靖国参拝と言うと、「宗教的な思いがあって行ったのか?」や「政治的な思いがあって行ったのか?」と聞かれたり、思われたりするのですが、そうではありません。

私が参拝するようになったきっかけは、何年か前に働いていた特別養護老人ホームでの出来事でした。

私を含む数人の介護士で、定時排泄交換でフロアーを回っていた時のことです。

「たっちゃん、早く逃げてー」という大きな声が廊下の向こうから聞こえてきて、びっくりした私は急いでその声の方に向かうと、一人の女性利用者がベッドで横になりながら手を大きく振り回していました。

私が「Sさん、どうかしましたか?大丈夫ですか?」と聞くと、その女性利用者のSさんはハッと目を覚ますとムクッと起き上がり「良かったぁ、夢だったのね」と大きな息を吐きながら言ったのですが、その姿は私にとって忘れられないほどの強烈な印象でした。

というのも、季節は春の終わり頃だったのですが、その日はとても涼しくすごしやすい日だったのですが、Sさんは異常なほどの汗をかいていました。

するとSさんは「ごめんね、びっくりとさせちゃって」と私に言うと、少し落ち着かれてから「いやね、昔、戦争でたっちゃんっていう名前の小さな男の子が逃げ遅れちゃったことがあったんだけど、今でもたまに夢に出てくるの」とだけ話し、そばにあったコップの水を一口飲むと何事もなかったようにテレビをつけて見始めたのでした。

Sさんにとってはたまにあることで終わりかもしれませんが、私にとってそれは本当に強烈な出来事でした。

それから私は今まで以上に戦争というものを考えるようになりました。

その年の夏

蝉が鳴き、8月の初旬にもなると、当然のようにテレビでは戦争についての多くの番組が放送されていました。

どの方の居室に行っても、すべての方が集まる食堂でも、昼の食事の時間も夕方の食事の時間もずっと放送されていました。

いつもであれば食事の時間にはテレビは消すことになっているのですが、その日ばかりは「消さないでくれ」という方がおり、戦争の番組が放送されながらの食事という不思議な時間が流れていたのを覚えています。

私はその食堂に集まっている利用者がその放送でどんな反応をするのかと少し心配にもおもえていたのですが、思っていたよりも悲観的な方は少なく、むしろ全くその放送を気にしていたない方もいれば「その時にはどこにいたの?」「いくつだったの?」と利用者同士で会話をしている方もいました。

その時、テレビでは空襲の映像が流れていました。
それは燃え盛るような街と防災頭巾をかぶったまま逃げてくる親子の映像でした。

同じ日の今日、私はクーラーの効いたこの部屋で何不自由なく働いている。

私が今、生きているのは…
私が今、不自由のない生活ができているのは…

そう思い始めてからはいてもたってもいられず、それから数日後の8月15日に私は初めて靖国神社へ参拝にいきました。

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kumo

他も見てみたいという気持ちから特養、有料、ショート、デイ、訪問入浴で働いてきました。 特養では介護職として、デイサービスでは立ち上げから運営、そして現在は都内の施設で現場もこなす生活相談員として働いています。 自分の家族介護と介護士としての介護の経験が少しでも介護に悩む方の力になれたらと願っています。
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