私の夢

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これは何度か書いていますが、私の母は埼玉にある特別養護老人ホームにいます。
今日は母の日ということもあり、会いに行ってきました。

先月くらいに危篤状態と報告を受けてから、母は段々と弱っていき、母の手の力はもうほとんど入らなくなっていました。

以前までは、手を繋いで、離そうとするとギュッと捕まえるような力があったのに、今はもうその力さえも残っていないような状態です。

私の介ゴ士目線で、なぜこうなってしまったのかを書きましたが、母がこの特別養護老人ホームに入所してからもう10年以上が経過しました。

母が家を離れ、この特別養護老人ホームに入ってからこの10年ほどで世の中は大きく変わりましたが、母はいつも同じ窓から同じ空を見ています。

私がいつも思うのは、いつか一緒に暮らしたいということで、それが私の今の夢でもあります。

早くここから出してあげたいのです。

今現在私は祖母と暮らしており、祖母の介護もあるため、現実的にはなかなか今すぐにというのは難しい状況です。

私自身はいつでも心の準備ができているのですが、もう先が見えてきている祖母にとって、母がそばにいるというのは私達健常者にはわからない負担があるようです。

そして、私が家で母の介護をするためには、現実的に考えると、生活費にある程度の余裕がなければなりません。

私の夢は、近所に小さな部屋を借りて、母の介護をしながら、そこで仕事をすることです。

今の母は、いつまで生きられるかわからない状態ですが、私は急いでどうにかお金を貯めるつもりです。

そして母が死ぬまでそばにいながら介護をしたいのです。

母を施設に入れたことは、私にとってはいつまでも罪深い過ちでしかありません。

世の中には、在宅介護をいつまでも上手に続けている方が多く存在することを仕事を通して知ることができました。

今なら私にもできる気がします。

母に会いに行くと私はいつもこんなことばかり考えています。

私は、母のもとを離れる時に、また手をギュッと握りました。

その時、母の親指が私を捕まえるような動きをしました。

私と同じで、やはり母の手は荒れていました。

介ゴ士目線が電子書籍として販売されました。
電子書籍として販売されました。 介ゴ士目線を書き始めたのは、その当時に働いていたデイサービスの閉鎖が決まっ...
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kumo

他も見てみたいという気持ちから特養、有料、ショート、デイ、訪問入浴で働いてきました。 特養では介護職として、デイサービスでは立ち上げから運営、そして現在は都内の施設で現場もこなす生活相談員として働いています。 自分の家族介護と介護士としての介護の経験が少しでも介護に悩む方の力になれたらと願っています。
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