家族介護に限界を感じたら

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私も6年近く母親の介護を一人でしてきました。
家族介護の終わりとなった6年目は、もう限界でした。

以前の記事「家族介護の難しさ」でもお伝えしましたが、家族介護は他の方にはわからない難しさがあります。

今回の記事では「家族介護の限界」と「いざというときの対処法」についてを説明させていただきます。

家族介護の限界

母親の介護をするようになってからは、人に会うこともなくなり、ほとんど家で過ごし、頭の中は母親のことでいっぱいでした。

私を知る人からは、気を使った誘いや声もありましたが、「自分がいると周りが暗くなる」そういった思いから、全てがネガティブに受け止めていました。

「自分がいると周りが暗くなる」、病気が進行し始めた私の母も同じことを言っていました。

気遣いは時に自分を苦しめ、無駄とも思えるような自己犠牲を招くのかもしれません。
「泣きっ面に蜂」とはよくいったもので、その後も続く度重なる不運は私を更に追い込んでいきました。

私はもう限界でした。

限界の時に思うこと

限界が近づくにつれて、施設入所の考えも現実味を帯びてきます。

ですが、自分のなかでどうしても「それだけは避けたい」という不思議な道徳観も同時に出てきてしまうのが家族介護の難しさのひとつです。

家族介護は、家族愛があってこそですが、愛は憎しみと表裏一体なところがあります。

「なんでわかってくれないのか?」、認知症の母に言っても伝えても「無駄」なことはわかってはいるのですが、感情のコントロールを愛が邪魔するのです。

愛があるからこそ「見捨てられない」という思いが生まれ、それが家族介護をより複雑なものにします。
結果的には「介護うつ」状態で、仕事も遊びも生活さえも全て何もする気が起きなくなります。

「もう限界、施設に入れたい」「今日の母は頭がしっかりしている」「いなくなると寂しい」「見捨てられない」、幾つもの思いが交錯し、終わりの見えないトンネルに虚無と絶望を感じたら、それはもう家族介護の限界かもしれません。

いざというときの対処法

やはり、限界を感じたら、一度離れてみるのが一番です。
少し離れ、自分を見つめなおしたり、しばしの休息をとったりすることも大切です。
一緒にいる時には考えられないようなことかもしれませんが、少し離れることでお互いの大切さや、どれだけ自分が疲れていたかなど幾つものことに気が付かされます。

大切なのは、自分です。

私の場合であれば、母は私が苦しんでまで介護をして欲しいとは思わないと思います。
精神を壊してまで、体を壊してまで介護をして欲しいとは思わないと思います。

自分の幸せが母の幸せだとも思っています。
今現在、家族介護をしている方には、なかなか理解が難しいことかもしれませんが、できることをしたのであれば、限界まで頑張る必要はないように思えてしまいます。

具体的な対処法

ここからは、「もう限界、施設に入れたい」「今日の母は頭がしっかりしている」「いなくなると寂しい」「見捨てられない」けれど

  • 施設に入所させるだけの心の準備ができていない
  • 特養の申し込みはしたけれど、待つのももう耐えられない

といった方への具体的な対処法を説明させていただきます。

1. デイサービス

デイサービスは、朝に送迎車で迎えに来てくれて、夕方に自宅に戻るといった日帰りの介護サービスです。
「お泊りデイ」といったそのまま泊まれてしまうサービスを提供しているデイサービスもあります。
「お泊りデイ」のメリットは、宿泊費が安いところが多いことで、デメリットは医療に強くないということです。

2. ショートステイ

ショートステイは、最大30日までの期間を選択して施設に宿泊する介護サービスです。
ショートステイのメリットは、期間が選択できること、デメリットは一泊以上の宿泊となるため準備が必要ということです。

3. 小規模多機能型居宅介護

小規模多機能型居宅介護は、デイサービスでもあり、ショートステイでもあり、訪問介護でもあるちょっとマルチな介護サービスです。
小規模多機能型居宅介護のメリットは、その3つの組み合わせが自由にできること、デメリットは他の介護サービスを使えなくなることです。

「要介護」と認定されてなくても使えます。

要介護と認定されていなければ、介護サービスを使えないことが原則ですが、後々で要介護・要支援と認定された場合には、申請前や認定前に利用したサービスも介護保険の介護サービスとして1割負担で利用することができます。

申請前のサービス利用

緊急時ややむおえない理由ですぐにサービスを利用しなければならない時には、市町村が必要と認め場場合に限り介護保険の介護サービスとして1割負担で利用することができます。

注意 ①:後々の認定で要介護とも要支援とも認められない場合は全額自己負担となってしまいます。
注意 ②:利用の際にはまず全額自己負担でサービスを利用することになりますので、認定を受けてから9割分が返還されます。

まとめ

本人のことを考えると、なかなか施設にいれるという判断は難しいものです。
「なんて伝えればよいのか?」という思いから、嘘をつくかたちで本人を納得させることがほとんどだと思います。
正直に伝えて「嫌だ」と泣かれる私の母のようなケースでは、罪悪感から「もう限界、施設に入れたい」という思いも「見捨てられない」という思いにいつの間にか変わってしまうはずです。

ですが、

  • 介護サービスがある以上は使わないともったいない
  • 本人は私の幸せと健康を願っている
  • 施設に入っても会いに行きたければいつでも会いに行けば良い
  • 医療・介護はプロに任せるべき

といった考えもあります。

なかなか難しい問題ですが、自分の体を壊してまでする介護は良い介護とは言えないような気もします。
介護サービスを使いながら考えるのもまたひとつであることも確かなので体だけは壊さないようにしてください。

家族介護の心構え その壱
私は今から14年近く前に母を施設に入所させました。 その前の6年間は母の介護に時間を費やしました。 それ...

私の家族介護の経験

私の家族介護については「介ゴ士目線」で詳しく書いています。
これが少しでもどなたかのお役に立てれば幸いです。

介ゴ士目線
(介ゴ士目線 本文より抜粋) 「もうしつこい!少しの間だけでも静かにして!」 それは福祉施設、とくに介護認知...
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kumo

他も見てみたいという気持ちから特養、有料、ショート、デイ、訪問入浴で働いてきました。 特養では介護職として、デイサービスでは立ち上げから運営、そして現在は都内の施設で現場もこなす生活相談員として働いています。 自分の家族介護と介護士としての介護の経験が少しでも介護に悩む方の力になれたらと願っています。
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コメント

  1. 松本亜紀子 より:

    私は今、80代後半の父と80ちょうどの母の介護をしています。
    お金は父が握っていて、3年前あたり、点検商法という詐欺にあいました。その時もずいぶん口けんかになりましたが、今日また同じ詐欺にあいそうになりました。私は父親に対して、どうしてもその人を信じるのかというと、まだ今日2回しか会ってないのにあの人はいい人だと言ってききませんでした。なんか毎日いろいろ世話をして、鍋をこがしたりしても怒ったこともなく黙って後処理をしていた自分がばかばかしくなり、今日は夕飯も作るのもすっぽかしてしまいました。父は現役のころ小学校の校長をしており、プライドが高く、母も同じでディサービスやショートスティにいってくれません。なんだか時々死にたくなります。父のことも母のことも好きなのに、詐欺師の人のほうがいい人だと言われたのはショックでした。私が逆に変だとか責められたのもショックでした。でもバイトもできない、お金を持っていない私には何もできません。ケアマネージャーさんも残念ですが、いい人ですが、頼りになるような方ではありません。私は精神的に弱く、パソコンでネットライターの仕事をしていましたが、記事もかけない状態でやめることを申し出ました。ときどき、涙が出て止まらなくなる時があります。愚痴を書いてすいませんでした。