私の母

シェアする

母

今日、埼玉の山奥にある施設へ母に会いに行った。
お盆が近いということもあり行きは2時間近くかかった。

高速を降りてからもあちこちで渋滞がみられた。

やっと母のいる施設に到着するも、夏休みだからか駐車場に空きはなく、炎天下の中でしばらく待つことにした。

東京とはやはりどこか違う雰囲気で、蝉の鳴き方も少し活気があふれているようだった。

コーヒーを片手に景色を眺めてから15分もすると、ようやく一台だけ空きができた。

私はそこに車を停めた。

一階の母のいる部屋に入り、私が母に話しかけると一瞬だけ眉が動いた。
目線もわずかに動いたが、それは視力を使って私を見るのではなく、心の感覚で私を見るいるようで、目が合うことはなかった。

硬くなった腕にある力の抜けた手を私は握った。
力のない手だったが、その手はやはり母の手で、ずっと変わらない温もりが何かを思い出させるようだった。

あれから12年、母はずっとここでただ横になってすごしている。

私が手を離そうとしたとき、母がぎゅっと少しだけ握った。
母が少しでも話せたらと思いながらも、私は結局、30分ほどで母のいる施設をあとにした。

母も私と同じことを思うときもあるだろう。
もっと側に居てあげたいとも思うが、特別擁護老人ホームの独特の空気、帰りの道のり、明日の仕事のことなどを考えると、やはり自分優先になる冷たい自分がでてくる。

もう少しいるくらい簡単なことなのに。

The following two tabs change content below.

気になるところをお読みください

kumo

他も見てみたいという気持ちから特養、有料、ショート、デイ、訪問入浴で働いてきました。 特養では介護職として、デイサービスでは立ち上げから運営、そして現在は都内の施設で現場もこなす生活相談員として働いています。 自分の家族介護と介護士としての介護の経験が少しでも介護に悩む方の力になれたらと願っています。
スポンサーリンク

シェアする

フォローする